昭和42年7月31日 朝の御理解


 それがその人の運命だから、こう運命だからと言うてしまう。さしてその悪い運命にしてしまうというような場合がたくさんあろうとこう思う。信心をさせて頂いて、例えよし、そういう様な星の下に生まれておって、そういう良くない運命の下にある人でも、良くない運命そのものが、おかげの元になり徳を頂く、力を頂く元になるというように、おかげをしていけれる道だと思うんです。お道の信心は、それはどういうところから、そういう運命が悪い運命が、悪い運命へと転落していくかと、よし悪い運命であっても、それがおかげの元に、お徳を受けていく元になっていくかと、例えて申しますなら、私どもでも、本当にあの悪い星の下に生まれたといや、そういうことも言えないことはない時代が、いくらもあったんですけれども、現在、思うてみるとそれがみんな、私の今日の力になり、今日おかげを頂いてきた元になっておるのでございます。ですからそこのへんは、もうほんの紙一重のところでございますね。
 これはもう、何十年も前の私の身近な人の話ですけれども、娘時代に、まあ今で言うなら喧しくない時代のことですけれども、恋愛を致しまして、親が許さないそのもんですから、結婚を許さないもんですから、当時の男オモテに走ってしまったわけです。それでもうその親の嘆きて言うか、両親の心配というか、たいへんなものででした。
 ですからその兄弟達が心配いたしましてですね。捜し求めてその居所を突き止めました。そして連れ戻して、そして詫びをいれてまあ、帰ってくるということになって帰って、親戚の家まで帰ってきたんです、そしてまあ、帰ってきて夜のそのまあ、言うなら、前非を悔いて詫びれば、まあそれで許してやる。もう許してたまらんのが親の心ですから、その積もりであったんでしょうけれども、その親戚の家まで帰ってきておるということを聞いて途端、お父さんの方が逆上してしまったんですね。もうこれこれ心配を親にかけてと言うわけなんですよ。それですぐキヨウタイその顔を見るなりですね、逆上しておるもんですからもう、そのここは動かれんごとですね手も足もばらばらにおしょぼしまうちゅうてから、その腹をかいたんですね。それですから、その娘はもうそれこそ、殺されると思うてびっくりして、畑へ飛び降りてから逃げたきり行方不明に、それから何十年後に、どこそこに居るちゅうことが分かったけれども、親の死に目にあいません。
 親もさあ、その後の何十年間の例えて、心配というものは、さあどこでどうしておるかというその心配は勿論のことですね。もう親子との運命がそこから狂うてくるんですから、だからそれもそういう星の下に生まれておったといや、それまでですから、そういう運命だったといやそれまでです。けれども、まあここに、ここにです信心がもしあったらと、私は思うですね。いや信心があったら信心を頂いておるだけではいかん。所謂、肉眼をおいて心眼を開けと仰るから、本当の信心、信心させて頂く者は肉眼を置いて心眼を開けよと仰るが、本当のことが分かる。ね。そのお父さん達も、やはり実は恋愛結婚だったんですよね。ですから自分達の若い時のことでも一つ思うて見たら、そうそう娘の手足をばらばらにするちゅう位に腹を立てんでいいとよです。信心があったら。本当に自分の過去と自分のめぐりをお取り払いを頂いておるという事になってくるんですけれども、信心がないものですから、そういう結果になってしまうた。
 夕べの御祈念に秋永先生達親子で、ここに出てきておりましたが、御祈念の後に、どんな話か夕べの御理解からでした。夕べ丁度御祈念にかからして頂きます。御祈念前に昨日あの、久保山茂さんが一日御用を頂いておりましたから、実は先生あのこういうお夢を頂きました。夢の中に、父が出て参りましてですね、あの、茂、茂と言うて、そういうですね。何ですかと言うたらあの、茂、眼鏡を買うてくれ、してあの玉は親先生が持っちゃるもんねと、ちゅうてから。私は、それを聞かせてもらってから、あのもうなんか身内がですね。本当にお互いが信心させて頂く者が、そういう例えば、神秘性、神秘さというか、信心の不思議さというものを、お互いがもう少し、本当実感的に私は頂かんといかんと思うですね。
 ここで頂かれる御神夢といった様なものなんかでも、実にその神様の不思議な、不思議な、言うならここにご縁を頂いておる皆さんにだけに下さるあれは不思議な事柄なんです。ですからそれを迂闊にせずに、それを本気で頂く気になったら、その私どもも、そした不思議な力、不思議な世界にも、ことも分かってくるようになるのです。茂、茂、お父さんに眼鏡を買うてくれ、玉は親先生が持っちゃるもんね。
ああしたあの事故で亡くなられた時に、私は事故の現場で御祈念させてもらって、あそこへいつも通るときに、座らせてもらうんです。そしたらここが、久保山豊が肉眼から心眼を開いたところと仰る。あの晩、あの瞬間、みなさんもご承知のように、どっちかといやもうそれは私の信心に、まあ本当にまあ、傾倒するというか、いわば帰依しきってあったですけれども、どうも腑に落ちないことが、いくらもあったんです。それがどうでもその、自分の頭でいっぺん合点しなければ承知しないというような、言うなら教学的タイプの先生でしたから、その次に実証的なものがあるから、はぁやっぱり仰る通るという、その合点はしていかれたけれども、それを自分のものにするということが出来ない先生でしたね。所謂、肉眼おいて心眼を開くことに、非常に難しかったんですけれども、その瞬間、例えばハァ肉眼から心眼を開かれて、親先生が言いござったことはほんなこちゃったと言うことが分かったんですよね。
 私が御霊様の前で、朝晩?の中からでもお話をしよりましたがのう、久保山先生、私が言いよった通りじゃろうがちゅうて、そのまあ生きた者に、物を言うような調子で、御祈念をさせて頂いたんですけれど、先生もそれをいちいち合点して本当に、先生あなたの仰る通りでしたと、まあ言うておられることであったろうとこう思うのです。その証拠に、長男の息子である茂さんにですね。そんなら肉眼をおいて、心眼を開くというてもです、その心眼を言うならば、その心眼にもピンから切りまであります。ね。ですからもっと高度の心眼を開いていくということがまあ、信心なのでございますからね。私どもが肉眼を以てすると、本当に苦しいことであったり、悲しいことであったり、腹の立つことがあったりすることがですね、心の眼をもってみると、いや神様の本当の心はどこにあるかというと、そうじゃないのです。もうむしろ腹の立つことごとあることでも、お礼を申し上げにゃならんようなこと。悲しいことはいらんとです。ね。それが私どもが肉眼の世界だけで生活をしておりますから、悲しかったり、苦しかったりするわけなんです。
 ね。そんな御理解を頂いた後でございましたからでした。秋永先生が本当の、今晩頂いた御理解のように、本当のことが分かればですね、いっちょんも問題にないとですけれども、ここで教務所の問題だってそれなんです。あまりに椛目の場合、神ながらおかげを頂いて、いつも頂いておりますもんですから、その後いかにも狂言のように見える。だからどうも合楽は姑息的だといったような、その見方をする。色眼鏡を持ってみるわけなんです。
 肉眼で見ると、まいっちよ悪い目で見方ですよ。色眼鏡をもって、それでまあ話を開けゃ、やはり金光様の先生でもなるという人達ですからまあ、この頃私と所長との話のようにです分かられるんです。成程、そういうタイミング、そういうお繰り合せというものが、頂けるんだということが、分かるんですけれども、あまりに言わば、素晴らしいタイミングなものですから、狂言してそげんにしたじゃろうということになってくるわけ。ですから結局、問題を問題にするから。その問題が、又問題を生んでいって、こういう結果に、こういう結果というか所謂、困った結果になっていくとす、もんですねと言うて、そんな話でございましたがね。お互いがその問題を、問題にしたら、いよいよそこから一番はじめに申しますように、悪う運命になってまいりますよ。ね。例え、そういう時にです、本当のことが分からせて頂いたら、神様のご神意が本当に、少しでも分からせて頂けるようになったら、それをどうしょうか、こがいなことになって、いってでも、それゃおかげじゃの言うたらもうそれっきり、運命がそこから変えられていくんですよ。
 ね。一番はじめに申しました。その私どものまあ、親戚関係にあたりますところの、何十年前話しをしたと思うてごらんなさい。ハァ帰ってくれたか、これからいっちょ、しっかりやってくれと言わばそれで良かったです。さあ見たら最後、こげい親に心配さしてというて、そのもう足、腕でも、足もおしよってしまうと言うて、そのもし娘に・・?っていった。そこから運命が狂っていったでしょううがね。そして結局一生親も子も取り返しのつかない悲しい、苦しいことになったでしょうがね。こういう時に、本当のことが分かりゃ、本当に自分の若いとき、若い時を思うて見てね、本当に自分のめぐりを娘が取り払うて、頂いておるんだと、本当に御詫びせんにゃならのは、私の方だというような気持ちになっておったら、もう素晴らしい、そこから良い運命が生まれてきたに違いございません。
 お互いかもうこういう難儀をしなければならない星の下に、運命の下に生まれておるんだからと、諦めることはいりません。所謂、そういう頂き方は、いよいよ悪い運命の方へともう転落していく以外にありません。
 いつ、帰ってこうとなしにそうなことじゃ良かなるはずがありません。そういう心じゃね。ですから本当に、運命というものは、私どもが信心によって、もう本当に、早速今から切り替えていくことが出来る。心ひとつなの。ね。まこと信心のない人ならば問題になるかも知れませんようなことでも、エー、それはおかげですがと、と言うような頂き方、問題しない、そのことを自分のもの、そんなら自分の内容の方のを問題にする。本当に例えば秋永先生なら、私の若い時のめぐりのお取り払いよと、いうような気持ちになる。ここにはひとつも問題じゃない。
 それこそ流れ三尺。もうどんなに汚いものを洗っても、もう三尺の上の方では、又食べるものを洗ってもよいようにです。気持ちがスキッと、こうこの流れ川三尺的なまあ、おかげを頂いていくところから、そこから良い運命が生まれてくる。良いおかげが受けられるということが、みなさん分かるでしょうが、ね。勿論、先程、久保山先生の眼鏡を買うてくれね。玉は親先生が持っちゃると言うような久保山先生が開かれた。例えばそんなら眼鏡なら眼鏡のよりも、私の眼鏡の方が少し高度だというわけでしょう。だから御霊様とてもです。やはり一段と御霊の位を進んでいったように、一段一段やはり徳を進めていきたいという願いを持っておられると言うことは、分かるけども、そこは御霊様、ね。遺族の者のそれからの信心と、御霊の精進とが一つにならなければ、御霊の位は進まれない。
 長男である茂さんに、眼鏡を買うてくれとこう頼んでおられます。しかも眼鏡の縁だけは持っておるとこういう感じね。玉は親先生が持っちゃるもんね。皆さんでも同じことです。折角ここに通ってきて、信心の稽古をさせて頂くのでございますから、確かに肉眼をおいて心眼を開かせて頂く。本当の世界が分かる。本当のことが分かる。子供が言うことを聞かんから、これは肉眼の見方なのです。言うことを聞かんはずだと、自分の方へです向ける見方、頂き方が、肉眼をおいて心眼を開いていく私は稽古だとこう思うのです。ね。
 そしてその後に結果として生まれてくる、おかげは成程おかげである。おかげを受けていくのでございますから、問題にならないことを問題にして、親子供も苦労していかなければならないといったようなことではですね。いよいよ運命が狂うてくる。悪い方に狂うてくる。信心する者は、肉眼をおいて心眼を開けよ。私どもの世界には、あまりにも問題が多すぎる。その問題を問題にしよると、今度は違う問題までが、それからまた生まれてくる。所謂、問題が又問題を生んでくる。限りがない。
 そういうところ、問題を問題にせずに、問題を信心で受けていこう。問題を信心にしていこう。それを自分の心の眼を開かせてもらう元にしていこう、いう頂くこと、頂き方こそがね、それは悪い星の下で生まれておる人であっても、幸せな星の下へ生まれ変わっていけれるおかげが頂かれるのだと、いうことを私は確信いたしますね。どうぞ。